大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和24年(オ)348号 判決 1953年12月28日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士富田政儀、三根谷実蔵、松尾菊太郎の上告理由第一点について。

太平洋戦争の応召者が応召に際し、妻その他留守を担当する者に後事を託した場合において、その所有財産につきその管理の外、その処分に関する一切の権限を挙げて留守担当者に付与したものと認めなければならないものとはいうことができない。従つて、本件において原判決が「応召した者の財産の管理は、反対の意思表示のない限り、後に残つた妻に委託されたものと推定すべきであり、この場合妻は夫が扶養義務を有する自己及び子女の生活維持や夫の営業継続に必要な範囲内においてのみ財産を処分する権限を与えられたものと推認すべきである」として、本件家屋及び物件の売却につき被上告人の妻フミ子に夫を代理する権限がなかつたものと判断していても、右判示に所論のような違法があるとはいえないから、論旨は採ることを得ない。

同第二点について。

所論は、戦災による滅失の損害を避ける目的を以て財産を処分するのは保存行為であるから、被上告人の財産管理の権限を有するその妻フミ子に本件家屋及び物件を売却するについて被上告人を代理する権限があるというにあるが、所論の目的のために本件売買がなされたことは原判決の認定しないところであるのみならず本件売買成立当時本件家屋所在の小樽市が空襲必至を予想され、前記家屋物件も何時戦火に罹るかもしれないという所論のような情勢下にあつたとしても、戦火による滅失を見越して本件家屋を売却処分することは、たとえそれが前記家屋物件の罹災による損害を回避し、経済的価値を保存する目的に出でたものであつても、それは財産自体の性質上の滅損を防止する場合と異り、管理財産の現状維持を目的とする行為の範囲を逸脱するものであつて、本件のような場合において、被上告人の不在中その妻フミ子に付与されたと認めうる代理権限の範囲内に属する保存行為には該当しないものと解するを相当とする。従つて前記フミ子に、本件売買につき被上告人を代理する権限がないものとした原判決は結局相当であつて、所論のような違法は認められない。

同第三点について。

被上告人の印章をその妻フミ子が保管していたことは原判決の認定事実により窺われるところではあるが、本件売買当時被上告人が応召不在中であつたことを上告人において熟知しており、被上告人名義の売渡証書(乙二号証)及び委任状(同第三号証ノ一、二)は、被上告人の意思に基くことなく前記フミ子等において、右印章を使用して作成したものであつて、上告人は右フミ子からこれらの書類の交付を受けたものであることは原判決の認定するところである。そしてかかる場合、右フミ子において夫たる被上告人の印章を保管しこれを使用していた事実があつたとしても、その一事をもつて、本件売買契約の締結につき、右フミ子が被上告人を代理する権限をもつていたと上告人において信ずべき正当の理由があつたということはできない(昭和二四年(オ)第一五三号同二七年一月二九日第三小法廷判決、民集六巻四九頁以下参照)。従つて、右と同趣旨と認められる原判示は相当であり、しかも右の原判示は、上告人が本件売買について前記フミ子に被上告人を代理する権限があると信ずるにつき過失あるを免れないとするに外ならないから、更に進んで、上告人の悪意を確定する必要のないこと明らかであつて、この点につき原判決の違法を主張する論旨も亦理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条により、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 岩松三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例